吉田喜重レトロスペクティブ -熱狂ポンピドゥセンターよりの帰還- トークショー:蓮實重彦×久保田智子

 続いて、蓮實重彦によるトークに入るのだが、今回は趣向がちょっと違っていて、対談の相手がTBSアナウンサー・久保田智子さんである。「どうぶつ奇想天外!」の司会者で我が家の人気者だ。
 たまたま私は最前列に座っており、シネマヴェーラの最前列なら、久保田さんはもうほんの目の前である。あまりにお美しいので目がつぶれる。(家に帰って、家族に久保田智子を見たぞ!と言っても、誰も信じてくれなかった)
 ので、冒頭の数分は御大が何を話していたのか、よくわからなかったのが、つくづく痛恨である。
 さて、その久保田アナとコンビを組むのは、若い世代であり、そして女性であるということ、そうした人が吉田作品をどう見るのかということに意義を感じたからとのこと。
 久保田アナは、「本来なら自分は客席にいるべき人間なのに・・・」と最後まで緊張を隠さない様子だが、本人のお話によると大学時代には小津が好きで、必然的に蓮實本にいきついていたとのこと。かなりの映画通だったのだ!
 そして、吉田監督との接点は、小津生誕100年のシンポを聞きにいったときで、さる人物から『秋津温泉』のソフトを見せてもらったことによるとのことだ。
 人気アナウンサーが、あのシンポの場にいたということに、とにかく驚く。
 広島出身の久保田アナは、実際に呉にお住まいだったお祖母様の原爆体験を小学校のときに聞いたことがあるのだという。するとお祖母様は「絶句」されて、何も言えなかったのだそうだ。
 ポイントはここだ。御大は、何も言わないことによって、より多くを伝えようとする。それすなわち「映画」にも通じるのではないかと補足する。
 御大からは、「所有は自由を保障しない」というテーマを示される。これは吉田監督が何度も言うことだが、我々は映画を見ているが、それで映画を所有することではなくて、映画を見そびれ続けることが、映画を見ることなのだという謎をかける。
 吉田監督自身も、映画を所有してはいない。だから映画から見返している。同様に男性も女性を所有してはいない。女性が男性を見返しているのだからと。
 所有することが自由だと思っている社会は、擬似家族・擬似社会にしかならない。一般的には、映画を見ている人は「擬似的」なものを好まないのではないか。いつもはっきりしていなければいけないと感じているようだ。
 しかし、吉田作品は「擬似性」こそが本物だと語っているようだ。それは小津の『東京物語』の家族がきわめて擬似的だったように、と逐一、感動的に映画的に話を接続させる。
 それにしても久保田智子アナ。御大にこれから吉田作品を見る人に3本薦めろと言われたら何を挙げるかと聞かれ、
 「秋津温泉を3回」
 だなんて、そんな洒落た返事、なかなかできるものではない。容姿は別としても、一発で好きになる。
 とはいえ、あえて3本というなら『秋津温泉』、『女のみづうみ』、『情炎』とのこと。おお、完全にプロのセレクションである。
 ところで御大は、最新3本を挙げられ、すなわち『人間の約束』、『嵐が丘』、『鏡の女たち』とのことだ。
 しかし、やはりそうではなく、新作を望みたいという御大の言葉。まったく同感で、巨匠からは作るとも作らないとも返事をもらっていないと付け加える。
 御大自身は、新作としてルノワールの『十字路の夜』を地方都市におきかえてリメイクを作らせたいと思っているとのことだ。うむ。
 最後に、巨匠と女優も登壇。いつものことながら、女優の破格のオーラはすべての場をさらってしまう。機会ある限り、この人たちとの場を共にしたいものだと痛切思う。

● 御大が吉田監督には次回作をと述べ、ルノワール『十字路の夜』を夢想されているということは一昨日も書いたが、このことは「フランス側」に既に話しており、「それはいい!」という返事をもらっているものの、それきり7年が経過したそうだ。
● 最後に巨匠が登壇されて、客席に言葉を述べられた折に、「私が映画を作っているのではない。映画が私を作っているのです。だから、次回作はあるかもしれない」とおっしゃった瞬間、会場には「おお!」という空気が走ったが、すぐに続けて「けれど、ないかもしれない」とがっかりさせた。
 そのとき、茉莉子さんが「あんたって人は!」といったお顔で、巨匠のお尻を軽くおぶちになり、そのアクションに微妙なエロスを感じてしまう。
 なお、その前に茉莉子さんご自身が、新作を撮るよう「お尻を叩いていきたいと思います」とおっしゃっており、本当に文字通り、私たちの目の前で、実際に、巨匠のお尻をお叩きになったというわけだ。
● 久保田アナが御大に「先生」と呼びかけたところ、「「先生」とはわたくしのことですか」と御大が話を止め、そのときトリュフォーへのインタビューで「日本では、たぶんフランスでも、先生ってのはいささか軽蔑的な称号です」と言っていたのを、ふと思い出す(「トリュフォーそして映画」より(蓮實重彦山田宏一 話の特集)。
 で、久保田さんが「何とお呼びしたら・・・」と言うと、御大は「いや、蓮實でも蓮實さんでも、蓮實くんでも・・・」と、微妙なギャグをとばすが、久保田さんは「でもまさか、呼び捨てはあり得ないですよねぇ!」と真顔で返したのが個人的には爆笑ものの一幕。