蓮實映画史VOL.7 蓮實重彦とことん日本映画を語る

蓮實重彦の公開講義、「蓮實映画史 蓮實重彦とことん日本映画を語る VOL.7」を聴きに、青山ブックセンター本店に行く。定員140名の会場は今日も超満員。今日の話は、二人の人物が向き合って喋る時のカメラの切り返しについて。そして、溝口健二相米慎二のカメラワーク、とくにワンシーンワンショットについて。
小津の真似をしたくないという黒沢清の、図らずも小津そっくりになってしまった『降霊』の、役所広司風吹ジュンの室内での会話シーンをスクリーンに映し出し、その解説から話は始まったが、内容をざっと箇条書きすると、
・小津の真似事にならないためには、まず日本間で撮影しないこと、と黒沢清は言っている。
・『小早川家の秋』の、座敷に座って向き合う中村鴈治郎浪花千栄子の、全身がそっくり映し出されたシーンは、小津にしては珍しい。いつもの松竹ではなく、東宝で撮ったので、そういった試みをしてみたのではないか。
・向き合った二人の会話シーンを撮影するのに、一人を右側から写し、もう一人を左側から写し、それを交互に繰り返す、いわゆる「180度の法則」があるが、その法則に逆らって表現している例は、小津ばかりでなく、アメリカにもヨーロッパにもいくつもある。そして、その法則を無視しても、たとえば両者を右左の交互でなく、右右と写したりしても、いくらでも表現は成り立つ。
スピルバーグは、過去のハリウッド映画の、女性を見事に描いた表現をもっと勉強すべきだ。彼の映画は、すべて男性が勝ってしまっている。
ジョン・フォードは、撮影のいろいろな常識をあまり気にしない監督。
溝口健二は、切り返しでお互いの顔を次々に撮るなどということはしなかった。そして、彼の斬新なカメラワークは、ゴダールなどヌーベルバーグに大きな影響を与えた。
・『お遊さま』、『山椒大夫』、『近松物語』は、明らかに世界映画史に残る傑作である。しかし、『お遊さま』の田中絹代は明らかにミスキャスト。
・溝口、小津、成瀬も、当時の映画界では評価が低かった。その代わりに、明らかに資質の劣る、今井正木下恵介などがもてはやされていたわけだが、監督に対するその間違った評価というものは現在も行われている。由々しき事態だ。『ラスト サムライ』をベストテンに入れる評論家がいるんだから、呆れてしまう。『ラスト サムライ』は本気で褒めるような作品ではない。
淀川長治は、早くから溝口を褒めていた。
・自分(蓮實重彦)は、16歳の時、不当な評価をする評論家どもを見返してやろうと思った。
アンドレ・バザンは、いろいろと間違ったことも言ったが、持続したものを断ち切らないという彼の理論がヌーベルバーグを作った。
キャロル・リードの『第三の男』は傑作でも何でもない映画だが、その編集がひとつのモデルのように思われたことで、世界の映画が悪くなった。
・50年代の溝口健二、80年代の相米慎二は、ともにワンシーンワンショットを多用しているが、美意識はやはり溝口の方がはるかに高い。音楽の使い方も、溝口の方が厳格。溝口は叙情に流れない。
相米のワンシーンワンショットは、計算しつくされたものではなく、眼の前に生成するものをそのまま捉えるという撮り方。
相米慎二の『お引越し』は傑作。必見。93年のカンヌでも評判をとったが、同じ時、北野武の『ソナチネ』が発表され、割を食ってしまった。相米慎二は、国際的にもっと認められてもいい監督。自分(蓮實重彦)としても、そのための力になりたい。
・日本映画が最も低迷していた80年代を、相米慎二は一人で支えた。
・日本映画は相米慎二によって、かなり深いところまで行った。

公開講義の終了後に、蓮實重彦氏が、メジャーリーグミネソタ・ツインズの帽子のマークの由来が分からなくて、米国の友人に問い合わせたり、いろいろと調べたという余談を披露してくれたことを、ひとつ書き忘れていた。その余談には、蓮實氏がツインズのファンであると勘違いした米国の友人が、ツインズのオフィシャルトレーナーをわざわざ送ってくれたというおまけもついていたのだが、何事においても、少しでも疑問があればそのままにしておかないという氏の姿勢には、やはり感心した。いついかなる時でも、かくあらねばと、改めて思った次第である。

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